私のもっとも敬愛する作家、山田正紀の小説を全部読んでいこう、というシリーズの記事である。初読、再読を問わず、山田正紀の小説を読んで、好き勝手に感想を書いていく、そういう趣旨で記事をあげていく所存だ。
第2回目の作品は『弥勒戦争』である。
※サムネイルが当該作品と異なる場合がありますが、リンク自体は正常です。
作品データ
『弥勒戦争』は1975年に発表された、山田正紀のデビュー2作目の長編である。デビュー作『神狩り』と、1977年に発表された『神々の埋葬』とあわせて「神3部作」と呼ばれる作品群のなかのひとつだが、それぞれの作品は独立しており、直接の関わりはない。
<刊行データ>
- 1975年、早川書房より単行本発売。
- 1976年、ハヤカワ文庫版発売。
- 1978年、角川文庫版発売。
- 1998年、ハルキ文庫版発売。
作品紹介
『弥勒戦争』の舞台は1950年、GHQ占領下に置かれた日本。超常的な能力を持つ独覚一族の青年、結城弦が主人公である。独覚とはそもそも仏教用語で、「仏の教えによらず、ひとりで悟りをひらき、それを他人に説こうとしない者」のことで、縁覚ともいう。作品のタイトルからもすでにわかることだが、『弥勒戦争』にはこうした仏教的世界観がベースにある。本作における「神」は当然ながら「弥勒」のことを指しており、西洋的な「神」のイメージが描かれていた『神狩り』とはちょうど対のようになっているといえるかもしれない。
独覚一族は自らに滅びの運命を課しており、かつては一族の掟に反発していた結城も、いまではその定めを諦念とともに受け入れている。そのことが作品に暗い影を落とし、苦い青春小説としての一面をもたらしている。山田正紀本人も、自身の暗く惨めな青春がなければ『弥勒戦争』は生まれなかったと書いており、『神狩り』ともども山田正紀の青春文学と呼んで差し支えないだろう。
そんな結城をはじめとした独覚一族の生き残りたちが、朝鮮戦争を背景に弥勒との戦いに挑むことになる。といっても、超能力者を主人公としているわりに超能力SFとしての側面は弱く、むしろ史実のなかに独覚や弥勒の存在を絡める伝奇SFとしての色合いが濃い。読んだ人のなかには、半村良の作品群を連想する人もきっと多いだろう。戦後の動乱期の出来事についてある程度知識があったり、読みながら調べたりすると、よりおもしろさが増すはずだ。
ただし、本作のSFとしての真髄は、超能力ものや伝奇ものの部分のなかにあるわけではない。SFならではのセンス・オブ・ワンダーはちゃんとべつのところに用意されている。それがどこにあるかはぜひ実際に読んでみて確かめてほしい。
『神狩り』もそうだが、『弥勒戦争』も長編としてはページ数が少なめで、SFとしても難解な話ではないので、SF初心者および山田正紀初心者におすすめしやすい作品である。「神3部作」は読む順番にこだわらなくても大丈夫なので、いきなり本作から読んでも問題ない。山田正紀の入門書として、気軽に手にとってみていただきたいと思う。
感想
※以下、それほど大きなネタバレはありませんが、まっさらな状態で本作を読みたいという方は念のため注意してください。
『弥勒戦争』の舞台であり、朝鮮戦争が起こった1950年は、作者の山田正紀が生まれた年でもある。ほんの四半世紀前の戦争について書いたことを、作者自身「無謀なことをした」と振り返っているが、こうした蛮勇はむしろ山田正紀の持ち味であるといえるだろう。
『弥勒戦争』には伝奇SF的な部分があり、光クラブ、帝銀事件、GHQおよびマッカーサー、そして朝鮮戦争と、実在の人物や事件を作中に取りこんで、作者独自の解釈を与えている。マッカーサーなんて本作が発表される10年ほど前まで生きていた人物なわけで、自作のフィクションのなかに登場させるのは普通畏れ多いと思うのだが、それをやってのけてしまうのが山田正紀なのだ(ちなみに坂口安吾もちょっとだけ出てくる)。
そんな近い過去のことを題材にする難しさに隠れてはいるが、『弥勒戦争』の核ともいえる仏教の描き方においても作者はかなりの蛮勇っぷりを見せている。独覚一族の設定からしてそうだが、仏陀や調達についても独自の想像力を駆使して描き、『無嘆法経典』などという架空の書物をでっち上げる。惚れ惚れする嘘つきっぷりだ。まさに神も仏も恐れぬ男、山田正紀である。
そんな勇敢な男の描く小説なのだが、他の多くの山田作品と同じように、『弥勒戦争』にも最初からなんとも厭世的なムードが漂っている。そもそも、超常能力を備えているがゆえに自ら滅びの道を行かねばならないという独覚の設定からしてものすごく暗い。この暗さこそ私が山田正紀に惹かれる大きな要因で、江戸川乱歩の小説で厭世的な主人公が出てきたときにうれしくなるのと同じくらい、山田正紀の小説に厭世的な主人公が出てくるとうれしい。
仏陀に反逆した調達が記したという『無嘆法経典』には、『弥勒戦争』における重要なことがすべて描かれており、それが終盤で明かされたときに本作は伝奇SFから本格SFに変貌する。SFならではのセンス・オブ・ワンダーに驚くとともに、人類に対してこれまたなんとも陰鬱な気持ちを抱くことになる。読者をそんな気持ちにさせながら、最後にはどこか諦めの悪さ(それを希望と言ってしまってもいい)を見せてくれる山田正紀の小説はやっぱりいい。
『神狩り』に続く、山田正紀の本格SF青春小説、今回再読してもやはりおもしろかったので、ぜひ多くの方に読んでいただきたい。