【ミステリ入門】初心者がミステリの歴史を知るための10作

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小説にはいろいろなジャンルがあるが、そのなかでも日本でとくに人気の高いジャンルといえば、やはりミステリ(ミステリー、探偵小説、推理小説)だろう。人気作家として名前があがる人のなかにもミステリ作家は多い。

この記事では、そんなミステリの歴史を知るうえで最低限おさえておきたい重要な作品を10作に絞って紹介している。長いミステリの歴史を10作で振り返るなど、どんな不可能犯罪より不可能な話なので、これらはあくまで入門書であり、またあくまで私の独断と偏見によるセレクトであることをあらかじめ断っておく。

※一部サムネイルが当該作品ではなく関連作品になっていますが、リンク自体は正常です。

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『モルグ街の殺人』エドガー・アラン・ポー

世界で最初の探偵小説といわれるのは、1841年に発表されたエドガー・アラン・ポーの短編『モルグ街の殺人』である。密室殺人を扱った最初の推理小説ともいわれ、本作に出てくる探偵オーギュスト・デュパンは世界初の名探偵といわれている。

『モルグ街の殺人』が世界最初のミステリとされる理由は、謎に満ちた犯罪を論理によって解明するプロセスが描かれた最初の小説だからである。天才的な名探偵の登場、密室殺人という不可能犯罪、推理によって暴かれる意外な犯人、といった要素を兼ね備えており、まさに後世のミステリの原型となっていることがわかる。とくに犯人の意外性という点では、「これが世界初のミステリとはおそるべし!」と思わざるをえない。

名探偵デュパンの活躍は『モルグ街の殺人』ののち、『マリー・ロジェの謎』『盗まれた手紙』でも描かれている。『マリー・ロジェの謎』は実際の殺人事件を取り扱ったもの、『盗まれた手紙』はデュパン3部作のなかでもっとも出来がよいとされているものだ。この3つの短編小説を読めば、世界最初の名探偵の活躍をすべて知ることができる。

『モルグ街の殺人』は日本でも何度か翻訳されているが、デュパン3部作が同時に収録されている本は意外と少ない。3作とも読めて、なおかつ絶版になっていないという条件を考えると、中公文庫の『ポー名作集』がベストだろう。

『シャーロック・ホームズの冒険』コナン・ドイル

オーギュスト・デュパンの登場から46年後の1887年、世界でもっとも有名な名探偵がイギリスで誕生する。言うまでもなく、シャーロック・ホームズである。

コナン・ドイルによって生みだされたホームズのデビュー作は長編『緋色の研究』だが、彼の人気が爆発したのはその数年後、雑誌に読み切りの短編が連載されてからである。そうして1891年から92年にかけて連載された12の短編をまとめたのが『シャーロック・ホームズの冒険』だ。

ホームズものの入り口として『緋色の研究』を選択するのももちろん悪くないが、個人的にはこの短編集から入るのがいちばんいいだろうと思う。ホームズものの短編として1、2を争う『まだらの紐』『赤毛組合』が読めるのは大きい。トリックなどに関していえばさすがに現代に通用するとは言いがたいものも多いが、ホームズの活躍を追いながらヴィクトリア朝時代のイギリスの雰囲気を満喫するのは、やはり楽しい読書体験だ。

ホームズシリーズの翻訳の種類は非常に多い。さすがにすべてを読み比べてどれがいい、と推薦することはできないので、肌に合いそうなものをそれぞれに選んでいだたければと思う。

『アクロイド殺し』アガサ・クリスティ

黎明期には短編が主流だった推理小説も、長編の時代へと移り変っていき、1920年ごろからのちに「黄金時代」と称される時期へと突入していく。ちょうどその1920年に『スタイルズ荘の怪事件』でデビューしたのが、ミステリの女王アガサ・クリスティである。この作品は名探偵エルキュール・ポアロのデビュー作でもある。そして、ポアロシリーズの第3作にあたる長編が1926年に発表された『アクロイド殺し』だ。

大胆なトリックと意外な真犯人によって、ミステリ界に論争を巻き起こした問題作。クリスティの代表作としてはほかに『オリエント急行の殺人』や『そして誰もいなくなった』などがあるが、それらにもましていち早く読んでおきたいのが『アクロイド殺し』である。

とにもかくにも一読して、そのあとでネットの評価を漁ったり、既読の知人と感想を言いあったりしてほしい。それ以上、ここでつけ加えるべきことはなにもない。

『江戸川乱歩傑作選』江戸川乱歩

日本のミステリの歴史を語るうえで絶対に欠かせない作家が江戸川乱歩である。世界初の探偵小説を書いたエドガー・アラン・ポーの名をもじったペンネームにふさわしく、黎明期の日本探偵小説界において絶大な貢献をもたらした。

乱歩の最初の一冊としておすすめしたいのが新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』だ。1923年発表のデビュー作『二銭銅貨』や、名探偵明智小五郎の初登場作品である『D坂の殺人事件』のほか、『人間椅子』『鏡地獄』『芋虫』など狭義のミステリにとらわれない怪奇趣味あふれる傑作が収録されている。

乱歩は基本的に長編より短編のほうが出来がいいというのが私見だが、より長いものが読みたいという方には、中編『陰獣』『パノラマ島奇談』や長編『孤島の鬼』『蜘蛛男』などをおすすめしたい。

『長いお別れ』レイモンド・チャンドラー

私立探偵が活躍するハードボイルド小説の代表的作家といえば、やはりレイモンド・チャンドラーだろう。1939年に処女長編『大いなる眠り』で私立探偵フィリップ・マーロウを登場させ、翌年には第2作『さらば愛しき女よ』を発表。そして、1953年に刊行されたのがシリーズ第6作『長いお別れ』である。シリーズ作品を順番に読まなくても、とくに問題はない。

ハードボイルドの文体というのは簡潔かつ客観的で非情なものであるとされているが、このジャンルの代表的な作家であるはずのチャンドラーの文体はむしろ感傷的といっていい。マーロウは真にハードボイルドな男なのではなく、ハードボイルドたらんとする、いわば「痩せ我慢」の男なのだと思う。その痩せ我慢の美学あるからこそ多くの読者の共感を呼んできたのだろう。

『長いお別れ』は、非情になりきれないチャンドラーとマーロウの魅力が味わえる、男の友情を描いた傑作である。

『点と線』松本清張

1951年に作家デビューした松本清張は、1955年に発表の短編小説『張込み』から推理小説を書きはじめる。そして1958年、推理小説としては初めての長編『点と線』を発表すると、これが評判となり、松本清張ブームが巻き起こることになる。

それまでの「探偵小説」の世界よりリアリスティックな状況設定を用意し、いわゆる「社会派推理小説」の嚆矢となった歴史的な一作である。ミステリとしての主眼はアリバイ崩しの点にあり、2人の刑事がコツコツと捜査を積み重ねていく過程は、たしかに天才的な名探偵たちの推理を拝聴するのとは異なるおもしろさがある。ページ数が短く、文章も60年以上前の作品とは思えないほど読みやすいので、ミステリ初心者に薦めやすい名作だ。

清張の活躍がきっかけで社会派推理小説が隆盛を迎えるが、それも昭和30年代が終わるころには収束したようである。その後の日本ミステリ界がどのような時代に入っていったか。ひと言で表すならば、それは「多様化の時代」といえるだろう。

『占星術殺人事件』島田荘司

ミステリのなかでも、謎解きの論理性やトリックのおもしろさに主眼を置いた作品を「本格ミステリ」と呼ぶ。日本の本格ミステリを語るうえで重要な作家は何人もいるが、そのなかでも筆頭で名前があがるのは島田荘司だろう。そんな島田のデビュー作『占星術殺人事件』は、本格ミステリ好きなら必ず読んでおきたい歴史的大傑作である。

1981年に発表された本作は、先述のとおり作者のデビュー作であり、名探偵御手洗潔のシリーズ第1作でもある。1936年に発生し、40年以上未解決だった猟奇的連続殺人の謎に御手洗潔が挑む、というストーリーで、名探偵御手洗の変人ぶり、奇想天外な事件の概要、あまりにも大胆なトリック、そして2度にわたる「読者への挑戦」と、本格ミステリファンにはたまらない要素がすべて詰まっている。

本作が気に入ったなら、ぜひ続けてシリーズ第2作『斜め屋敷の犯罪』にも手を伸ばしてほしい。驚天動地のトリックにふたたび面食らうことになるはずだ。

『十角館の殺人』綾辻行人

1987年、島田荘司の推薦を受けて、ひとりの本格ミステリ作家が講談社からデビューを果たす。綾辻行人である。その後法月倫太郎我孫子武丸歌野正午らが、やはり島田荘司の推薦で講談社から処女作を刊行し、同時期に東京創元社からも有栖川有栖北村薫らがデビューするなど、本格ミステリの新人が相次いで登場する。1980年代後半から1990年代前半にかけてのこうした一連の動きは、「新本格ムーブメント」などと呼ばれ、ひとつのブームとなった。

綾辻のデビュー作『十角館の殺人』は、「新本格ムーブメント」の皮切りとなった象徴的な一作である。無人の孤島にある「十角館」という建物を舞台に巻き起こる連続殺人事件を描き、最後に用意された意外な真相に多くの読者が驚き、魅了された作品だ。私自身、読書を始めてわりと間もないころに本作を読み、その影響でしばらくのあいだ、最後にどんでん返しのある小説ばかりを追い求めるようになってしまった。

本作以降に続く、建築家・中村青司が関わった奇妙な建物を舞台にした「館シリーズ」は、本格ミステリ界でも屈指の人気シリーズとなる。ミステリに必要なのはなんといっても結末の意外性だ、と考える方は、必ず読むべきシリーズだ。

『羊たちの沈黙』トマス・ハリス

羊たちの沈黙』といえば、ジョディ・フォスターやアンソニー・ホプキンスらが出演する映画を思い浮かべる人が多いかもしれないが、同映画の原作は1988年に発表されたトマス・ハリスによる同名小説である。アカデミー賞主要5部門を独占した映画版がサイコサスペンスの大傑作であることは間違いないが、原作小説ももちろんサイコサスペンスの代表的な作品である。

本作の最大の魅力はやはり、著名な精神科医でありながら、人間の臓器を食べるという異常な嗜好を持った猟奇殺人犯であり、そして獄中から探偵役まで務めてしまうハンニバル・レクター博士ののキャラクターだろう。物語の冒頭、FBI訓練生のクラリス・スターリングがレクター博士に対面する場面を読むだけで、この異様な男からとにかく目が離せなくなる。

本作は優れたホラー小説を表彰するブラム・ストーカー賞を受賞しているが、サイコサスペンスは広い意味ではミステリに含まれるだろうし、90年代のサイコサスペンスブームの嚆矢となった点が重要であると考え、この記事の10作のなかに選んだ。レクター博士が登場する作品はほかに『レッド・ドラゴン』『ハンニバル』『ハンニバル・ライジング』があるので、本作が気に入った方は続けてどうぞ。

『姑獲鳥の夏』京極夏彦

先述の「新本格ムーブメント」を牽引していたレーベル、講談社ノベルスから1994年に刊行された京極夏彦のデビュー作『姑獲鳥の夏』。出版の時期やレーベル、新本格派の作家らが推薦の声を寄せていたことから、京極夏彦もまた「新本格ムーブメント」から出てきた作家のひとりとされる場合があるが、そう考えるとすれば『姑獲鳥の夏』は「新本格ムーブメント」の極北、あるいはその一連の動きに幕を引いた作品といえるかもしれない。

ストーリーの骨格としてはたしかにミステリのそれであり、密室ものでもあるから本格ミステリの枠組みを使っているといえるし、探偵役としては陰陽師の「京極堂」こと中禅寺秋彦がいる。だからたしかにミステリなのだが、普通のミステリだと思って読むと、あまりにも意外な事件の真相に唖然呆然とすることになるだろう。初めて読んだときのインパクトはいまだに忘れられない。

本作は「百鬼夜行シリーズ」の第1作。第2作の『魍魎の匣』以降もおもしろい小説が目白押しなので、辞書のような分厚さに負けずに手を伸ばしてみてほしい。

まとめ

以上が私の考える、 ミステリの歴史を知るうえで最低限おさえておきたい重要な作品10作である。

10作という制限を設けた以上、あれがない、これがない、という指摘を受けるのは当然だが、これからさまざまなミステリを楽しんでいきたいと考える方の参考になれば幸いである。