短くて怖い!おすすめの短編ホラー小説<国内編>

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ホラー小説は短編のほうがおもしろい、というのが私の持論である。もちろんおもしろい長編ホラー小説もたくさんあるが、印象的な導入、緊張の持続する展開、切れ味鋭い結末、といった要素をより濃厚に味わえるのはやはり短編だろうと思う。

この記事では<国内編>と題して、日本人作家による短編ホラー小説で、私がおすすめしたいものを紹介していく。怖い小説を探している方の助けになれば幸いである。

※一部サムネイルが当該作品ではなく関連作品のものになっていますが、リンク自体は正常です。

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『雨の鈴』小野不由美

「十二国記シリーズ」などで有名な小野不由美の連作短編集『営繕かるかや怪異譚』のなかの一編。

舞台はとある城下町の、曲がり角の多い袋小路。袋小路にある古い民家で暮らす主人公は、雨の日にかぎって喪服姿の女を見かけるようになる。どうやら彼女はこの世ならざる者で、袋小路の民家を葬儀もないのに喪服で訪問することで、その家の人間を死に至らしめるのだという。

「お悔やみ申し上げます」という言葉がこれほど怖く感じることもそうないだろうという物語である。結末に至っても喪服女については謎だらけで、「よくわからないものは怖い」という真理に思いを巡らせずにはいられない。

本作を収録した『営繕かるかや怪異譚』はシリーズ化され、『~その弐』も発売されている。小野不由美ホラーの新たな代表作となりそうだ。

『芋虫』江戸川乱歩

日本の探偵小説の父・江戸川乱歩による短編。

乱歩といえば、『鏡地獄』『人間椅子』『白昼夢』『押絵と旅する男』など紹介したい作品はたくさんあるが、個人的にもっとも鮮烈なイメージの残っている『芋虫』を選んだ。

戦争で四肢を失い、視覚と聴覚のみを残して生き永らえる夫と、そんな状態の夫を虐待することに悦びを感じる妻の物語。奇妙でおぞましい夫婦関係を描きながら、背徳的で淫靡な雰囲気に読者を耽溺させ、恐怖と哀しみに満ちた結末へと誘う乱歩の手捌きは見事というほかない。

人間のエゴと醜さ、そして尊厳について考えさせられる傑作である。

『おたすけぶち』宮部みゆき

国民的人気作家・宮部みゆきの初期の短編。

10年前、無謀な運転による自動車事故で3人のサークル仲間とともに「おたすけ淵」と呼ばれる淵へ転落した兄。だれが運転していたかを巡って遺族同士が裁判で争い、ようやく決着が着いたことで、妹の「わたし」は兄の供養のためにおたすけ淵を訪れようとしていた。だが近くの町まで来たとき、あることがきっかけで、兄が生きているのでないかと「わたし」は疑念を抱く。

ホラーとしてのストーリーやオチはオーソドックスだが、読者をしっかり主人公に感情移入させる手腕がさすがで、だからこそ後味の悪さが尾を引く佳品となっている。

中短編集『とり残されて』に収録されている作品だが、近年の「イヤミス」ブームを受けて出版されたアンソロジー『あなたの不幸は蜜の味 イヤミス傑作選』にも採られている。

『鍵』筒井康隆

日本屈指の短編作家である筒井康隆の傑作。角川ホラー文庫で出版された自選恐怖小説集の表題作にも選ばれている。

ルポ・ライターの主人公がふいに鍵が出てきたことから以前住んでいた建売り住宅を訪ねると、その家の引き出しからもまたべつの鍵が出てきて……と、次から次へ出てくる鍵とそれに付随した記憶をたどるうちに恐怖がいや増しになる作品である。

だれにでも忘れたい過去というものがあると思うが、忘れていたことさえ忘れるほど心の奥底に封印していたはずの記憶が蘇っていくさまは本当に怖いものがある。ラストはいかにも筒井康隆らしい狂気に満ちている。

ホラー好きなら前述の自選恐怖小説集を入手したいだが、現在はおそらく絶版。復刊された『定本 バブリング創世記』で読むのがよいと思われる。

『玩具修理者』小林泰三

第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した小林泰三のデビュー作。

子どものころ近所にどんなものでも直してくれる玩具修理者という者がいた、という話をする女と、その話を聞く男の会話でストーリーが進んでいく。と、これ以上のことは正直あまり言いたくない。できれば、文庫の裏表紙の紹介文すらも見ないまま読んでほしいくらいである。

奇妙で、どこか懐かしく、そしてグロテスク。数々の作品を送り出してきた日本ホラー小説大賞の歴史において、いまなお色褪せない輝きを持つ傑作短編である。

文庫に同時収録されている中編『酔歩する男』もとんでもない傑作なので、あわせてどうぞ。

『くだんのはは』小松左京

日本SF界の巨人・小松左京の大傑作怪談である。

日本人作家による怪談のなかでも名作中の名作といっていい作品で、本作を日本の短編ホラー小説の最高傑作だと主張する人も珍しくないはずだ。

「くだん」は漢字では「件」と書き、読んで字のごとく半人半牛の妖怪のこと。妖怪にまつわる伝承と太平洋戦争末期の日本の状況とが織りなす恐怖は弩弓のひと言である。ひらがなで表記されるタイトルのダブルミーニングも含め、完璧というほかない。

名作ゆえにさまざまなアンソロジーにも収録されているが、自選恐怖小説集『霧が晴れた時』を読めば、著者のそのほかの傑作ホラーといっしょに楽しめるのでおすすめだ。

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『五色の舟』津原泰水

幻想小説家・津原泰水の最高傑作との呼び声が高い短編である。

こちらも「くだん」を題材とした一作。どうやらこの妖怪にはホラー作家を引きつけてやまない魅力があるようだ。太平洋戦争末期という時代背景も『くだんのはは』との共通点である。

自分たちの身体の欠損を生かし、見世物一座として興行をする5人の「家族」の話。耽美で背徳的な幻想小説の雰囲気を横溢させながら、SF的なモチーフを使った飛躍がすばらしい傑作である。

とはいえ、本作の最大の見所は、叙情的な家族小説としての側面かもしれない。異形の者たちの温かく、美しく、そして切ない物語だ。

近藤ようこの手によって漫画化もされており、第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の大賞を受賞している。こちらも必読である。

『再生』綾辻行人

人気ミステリ作家・綾辻行人の初期の傑作短編。

肉体を切断されてもトカゲの尾のように「再生」するという女性と、彼女の夫である主人公との破滅的な怪奇譚。超常的な現象を扱いながら、結末にはミステリ的なロジックがしっかりと用意されており、ミステリとホラー、両ジャンルのファンにとって納得の傑作に仕上がっている。

本作を収録している『眼球綺譚』は綾辻行人にとって初の短編集。超一級のミステリ作家である綾辻行人が、超一級のホラー作家でもあることを証明するのに十分な出来の幻想怪奇短編集なので、未読の方はぜひ読んでみてほしい。

『SEVEN ROOMS』乙一

人気作家・乙一による短編小説。

本作を収録した短編集『ZOO』のなかでもとくにインパクトが強く、また人気も高い作品である。

主人公の少年とその姉が正体不明の殺人鬼に監禁され、そこからの脱出を試みるという物語。映画の『CUBE』や『SAW』などを想起させるシチュエーションだが、恐怖と切なさを同居させる結末の鮮烈さは、凡百のホラーではなかなか味わえない。

短編集『ZOO』は、個人的に乙一の最高傑作だと思っている。『SEVEN ROOMS』以外にも珠玉の短編がそろっているので、ぜひ多くの方に手にとっていだたきたい。

『箪笥』半村良

伝奇SF小説といわれるジャンルを開拓し、また人情味あふれる時代小説なども手がけ、直木賞も受賞した半村良の怪談。

前述の小松左京『くだんのはは』と並ぶ日本人作家による怪談の大傑作で、こっちこそ日本の短編ホラーの最高傑作だと言いたい人も多いだろう。

とある一家の亭主・市助の3歳になる子どもが、夜になると寝間を抜け出して、なぜか朝まで箪笥の上に座るようになる。市助が注意しても、子どもはまったくそれをやめようとしない。すると、そのうちにまたべつの子どもも夜な夜な箪笥に上がるようになり……。

というのが本作のあらすじだが、ページ数が非常に少ない話なので、これ以上語るわけにはいかない。

能登弁で語られる奇妙で不可解な物語。自分の理解の範疇を超えるものは怖い、というのは、人間の真理のひとつだろう。短編集『能登怪異譚』で読める。

『貞淑』山本文緒

直木賞作家・山本文緒による短編小説。

山本文緒のことをホラー作家だと認識している人はほとんどいないと思う(基本的に恋愛小説の書き手と思われているはずだ)。が、ファンならば、彼女の作品群にはそんじょそこらのホラー小説よりよっぽど怖い小説がたくさんあることを知っているだろう。

短編集『紙婚式』には、蜜月の時期を過ぎた男女のあいだに生じる亀裂を深くえぐる作品が多数収録されている。そのなかでも『貞淑』はじつに強烈なインパクトを残す作品である。

貞淑だったはずの妻が、自分以外の男の名前をふいに口走ったことで、夫は浮気を疑い、周囲に当の名前の人物がいないか探りを入れていく……という筋立てだが、浮気相手の正体がわかり、その後の夫婦関係が微妙に変化する、そこまではまだ怖くない。しかし、その変化に対する妻側のリアクションと、そこから導かれる最終盤の描写にはゾワッと鳥肌が立つような怖さがある。

同短編集に収録されているなかでは『ますお』も似たような読後感を残す作品といえるかもしれない。最後の一行を読んだあと、人間という生き物の不可解な恐怖がじわじわと胸に迫ってくる小説だ。

『DECO-CHIN』中島らも

2004年、52歳で急逝した中島らもの遺作となった作品。

これはもうとにかく衝撃的な小説である。初出は井上雅彦監修のアンソロジーシリーズ『異形コレクション』のうちの『蒐集家(コレクター)』と題された巻。原稿を最初に受け取った編集者は「たいへんな問題作だ」と声を震わせていたという。

雑誌編集者の主人公が、とある異形のバンドに出会うという話だが、このバンドのメンバーおよびライブ演奏の描写が本当にすさまじい。退廃的で、官能的で、読む者を酩酊させるような魔力に満ちている。音楽を題材にし、その演奏シーンを描いている小説はたくさんあるが、『DECO-CHIN』ほど「この演奏を実際に聴くことができたらどんなにいいか」と思わせる作品を私はほかに知らない。

音楽小説であり、フリークス小説であり、自らの幸福を追求した男の愚かしくも美しい小説だ。短編集『君はフィクション』に収録されている。

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『箱』冲方丁

「マルドゥック・シリーズ」などのSF小説や、『天地明察』『光圀伝』などの時代小説でも知られる冲方丁の作品。

ひとりのきわめて優秀なサラリーマンが死に、彼の同僚で親友だった主人公、同じく同僚だった男、そして妻だった女の3人がある目的のために集う。その目的とは、故人のコレクションだった「箱」をネットオークションで売り捌くこと。「箱」には思いのほか高い値がつけられていくが、やがて三人は奇怪な現象に見舞われる。

死者の遺志に翻弄される生者たちの物語。男の嫉妬を描いた作品としても優れ、オチも見事に決まったモダンホラーの秀作である。

『フォア・フォーズの素数』竹本健治

『匣の中の失楽』などで知られ、おもにミステリ界で活躍する竹本健治による作品。

療養所のような施設で過ごす主人公の少年が、「フォア・フォーズ」という数学パズルに没頭していくという話である。「フォア・フォーズ」とは、4つの4と数学記号と使い、さまざまな数を作ることを目指すゲームなのだという。実在する遊びなのだが、この作品を読むまで私はその存在を知らなかった。

本編のほとんどが数式だらけという異色の小説で、数学の知識に乏しい私は数式の羅列を見てもなにがなんだかさっぱりわからないのだが、パズルに熱中する少年の描写はとても楽しい。しかしそんな少年に待ち受けている結末は、なんとも言えない冷たい手触りと心にぽっかりと穴が空いたような虚しさを残す。その後味が印象深い逸品だ。

実際にこの数学パズルに熱中していたであろう著者にしか書けない異色作。本作を表題作とした短編集『フォア・フォーズの素数』で読むことができる。

『魔術』芥川龍之介

日本を代表する文豪・芥川龍之介による短編小説。

本作に登場するインド人の魔術師マテイラム・ミスラの生みの親は、じつは谷崎潤一郎。谷崎の短編『ハッサン・カンの妖術』がオリジナルで、『魔術』はいわばその2次創作作品である。

マテイラム・ミスラのもとを訪れ、その魔術に魅せられた主人公の「私」。欲を捨てればあなたにも魔術が使えると言われ、魔術が使えるなら欲を捨てられると請け負った「私」は、ひと月後、友人たちの前で魔術を披露することになる。

その後「私」を待っていた結末については、ぜひ本作を読んで確かめていただきたい。本当の魔術師は、なにより芥川龍之介その人であるとわかることだろう。

『予言』久生十蘭

戦前から戦後にかけて活躍した作家・久生十蘭の短編小説。

知世子という女性と婚約した安部という絵描きの青年が主人公である。安部はなかなかの好青年で女性にもて、知り合いの石黒という男の妻からも言い寄られるが、相手にせず軽くあしらう。すると、この女性が自殺してしまい、安部は石黒から恨みを買うことになる。そして石黒は安部に対し、不吉な予言をする。

いわく、「安部が知世子と誰かを射ち殺し、その拳銃で安部が自殺する」と。

この予言に翻弄される安部の顛末がどうなるのか、物語の終盤で読者もまた翻弄されることになる。「小説の魔術師」とも呼ばれる十蘭の技に酔いしれましょう。

『来訪者』阿刀田高

阿刀田高による短編小説で、第81回直木賞を受賞した『ナポレオン狂』のなかの一編。『来訪者』単独でも第32回日本推理作家協会賞を受賞している。

小さな赤ん坊を育てている真樹子のもとをたびたび来訪する中年の女。彼女は真樹子が出産のとき入院していた病院の雑役婦で、真樹子は産後の経過が思わしくなかったこともあり、一時的に赤ん坊の面倒を見てもらっていた。その後も女は、とくに用もないのに真樹子の家にやってきては赤ん坊の世話をしたがる。その理由とはいったいなにかーー?

最大の恐怖をもたらすのはもちろんそのオチだが、作中で言及されるところの中年女の「薄気味わるさ」もなかなかに怖い。短編の名手・阿刀田高のもっとも成功している作品のひとつだろう。

まとめ

以上、17作の短編小説を紹介した。

怖くておもしろいお話を求めてやまない方の参考になれば幸いである。