【私の偏愛本】『リング』『らせん』鈴木光司

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「私の偏愛本」というカテゴリーで、好きな本について好き勝手に感想を書いているページである。
今回は鈴木光司の『リング』と『らせん』を取りあげる。

※サムネイルが関連作品になってしまうため逆になっていますが、リンク自体は正常です。

『リング』は1991年、前年に『楽園』で作家デビューを果たしていた鈴木光司の第2作目として世に出た。当時は部数も少なく世間的な話題にはならなかったそうだが、口コミで徐々に評判が広がり、1993年の文庫化をきっかけに大きく売上を伸ばしていった。

『らせん』は1995年、『リング』の続編として発表され、『リング』の文庫版とそろって大ヒットを記録。両作品とも映画化、テレビドラマ化され、20世紀末の日本に一大ホラーブームを巻き起こした。

「リングシリーズ」は『リング』『らせん』『ループ』がまず3部作として存在し、外伝の短編集に『バースデイ』、さらに新シリーズの『エス』『タイド』があるという構成だが、この記事では最初の2作の『リング』『らせん』にのみ言及する(まあ『ループ』も嫌いではないが)。

※以下、重大なネタバレしていませんが、いっさいの予備知識なしに作品を読みたいという方はご注意ください。

じつのところ、私が本当に好きなのは『らせん』のほうなのである。しかし、『らせん』について語るためには絶対に『リング』を避けては通れないので、こうして同時に取りあげている。もっとも、『リング』もとてもおもしろい小説なので問題はないわけだが。

映像を観ると一週間後に死んでしまうビデオテープ。その呪いのビデオを観てしまった雑誌記者の主人公が、一週間のタイムリミットのなか、死の運命から逃れるべく呪いを解くための「オマジナイ」の謎を解明しようと調査に乗り出す、というのが『リング』のあらすじである。

概要としては正統派のオカルト・ホラーだが、主人公の浅川と友人の高山のふたりがビデオの謎を調査していく過程にはミステリ的な要素もあり、その論理的なストーリーの運びが『リング』の大きな魅力だ。とくに高山のキャラクターは際立っており、呪いのビデオの謎に果敢に挑んでいく胆力の持ち主である彼は、超自然現象を前になすすべもなく恐怖するだけのホラーの登場人物とはまったく異なる。

無事に、というわけにはいかないものの、浅川と高山のふたりは呪いのビデオの謎を解き明かす。そして謎が判明したがゆえに襲ってくる恐怖の爪痕をしっかりと残しながら『リング』の物語は幕を閉じる。

ところが、である。『リング』には続きがある。それが『らせん』だ。

もしこれから『リング』と『らせん』を読もうという人がいるなら、ぜひ『リング』の内容をしっかりと覚えているうちに『らせん』を読んでいただきたい。『リング』のことを忘れてしまった状態で『らせん』を読むのはもったいないからだ。

なぜもったいないか。それは、ちゃんと『リング』の内容を把握したうえで『らせん』を読むと、冒頭でご褒美が待っているからである。衝撃のあまり呆然としてしまうというご褒美が。

初めて『らせん』を読んだとき、私はもう本当にびっくりしてしまった。未読の方のため、なにがそんなに驚きだったのかは書かないが、既読の方の多くもきっと同じ思いを味わったことだろうと思う。『リング』のあの結末はいったいなんだったのか、と。

そうして生まれた新たな謎に、『らせん』の主人公の監察医・安藤は挑んでいく。『リング』において謎とは呪いのビデオのことだったが、『らせん』におけるそれは、『リング』という物語そのものといえる。『リング』の謎を『らせん』で解明していく。そういうきわめて異例な形の続編なのである。そしてその過程が『リング』以上に論理的で、科学的で、おもしろいのだ。もはやホラーの枠にとどまらず、ミステリやSFの要素を取りこみながら、緻密かつ大胆に物語は展開していく。

ホラーの枠にとどまらず、といっても、もちろん『らせん』はじゅうぶんに怖い物語で、とくに強烈に印象に残っている場面がひとつある。物語の終盤近く(私の持っている文庫版だと330ページあたりから)、主人公の安藤がとある女性とちょっと色っぽい感じになるのだが、その先にある展開で、すうっと血の気が引くような思いをした。初めて読んだときに覚えた寒気は忘れられない。

『リング』から出発し、『らせん』が最後に到達するビジョンはきわめて壮大で、驚きに満ちたものとなっている。が、繰り返しになるが、なんといっても『らせん』がもたらす特大のインパクトは冒頭にあると思う。既読の人とはあの驚きをわかちあい、未読の人には「とにかくすごいから2冊とも読め」と布教したい、というのが私の思いなのである。

リングシリーズは超のつくベストセラーとなったが、ホラーはミステリやSFと違って、雑誌でもオールタイムベスト企画などがほとんど行われていないので、かつての大ベストセラー本であってもどこか歴史に埋もれているような感じがしてしまう(私の杞憂ならいいのだが)。というか、『らせん』などはミステリのオールタイムベスト企画で上位に食いこんでもおかしくないのでは、と個人的には思うのだが、そういう話も寡聞にして知らない。

『リング』や『らせん』が、たんに「むかし売れた本」でしかなくなっているとしたら、それは非常にもったいないことである。前世紀末の大ブームを知ってはいるけど読んだことはないという人や、タイトルすらまったく聞いたことがないという人まで、新たにリングウイルスに感染する人がこれからも増えていくことを願っている。