この記事では、読んでほのぼのとした気分になれたり、ほっこりと心が温まったりする小説を紹介している。読書で日々の疲れを癒やしたいと思う方の参考になれば幸いである。
※一部サムネイルが当該作品ではなく関連作品になっていますが、リンク自体は正常です。
『有頂天家族』森見登美彦
人気作家・森見登美彦のファンタジー小説。
作者お得意の京都を舞台に、狸と天狗と人間が三つ巴の化かし合いを繰り広げるドタバタのファンタジー喜劇である。語り部を務めるのは下鴨家という狸一家の三男坊。この主人公一家の面々や、主人公の師匠である天狗の赤玉先生、その赤玉先生が惚れこむ美女の弁天、下鴨家と敵対する夷川家の金閣・銀閣など、奇妙でおかしなキャラクターたちが次々登場し、京都の街を所狭しと駆け巡る。
ドタバタコメディのなかで描かれる兄弟愛や親子愛、師弟愛は、人間が主人公の物語だったらちょっと嘘くさくなるところかもしれない。狸や天狗など人ならざる者たちだからこそ、真実らしく見える愛の物語である。続編に『有頂天家族 二代目の帰朝』があり、最終的にはもう一冊刊行されて3部作となる予定だそうだ。
『かめくん』北野勇作
第22回日本SF大賞を受賞した、北野勇作のSF小説。
本作の主人公は「かめくん」である。かめくんは本物の亀ではなく、レプリカメと呼ばれるカメ型ヒューマノイド。木星戦争に従軍していたらしいが、かめくんはその記憶を失っており、いまは倉庫会社でフォークリフトの運転手として働いている。そんなかめくんの日常がユーモアとペーソスを交えながら淡々と描かれていく。
かめくんの日常はとてもゆったりしており、ひとつひとつの事象を噛みしめるように生きているかめくんは非常にかわいらしく愛おしい。そういう意味でとても「ほのぼの」とした味わいのある小説であることは間違いないのだが、この世界の裏にはなにか不穏な影が潜んでおり、そこはかとない不安や恐怖が横たわっているのも事実である。
ほかの作家には醸しだせない独特の魅力を持った作者なので、気になった方はぜひどうぞ。
『サム・ホーソーンの事件簿』エドワード・D・ホック
アメリカの作家、エドワード・D・ホックによる本格ミステリ小説。
開業医のサム・ホーソーンがさまざまな不可能犯罪に出くわし、見事な推理で解決していくミステリ短編集である。次から次へ殺人事件が起きるのにどこが「ほのぼの&ほっこり」なのかと言われそうだが、全編にわたってユーモアに満ちているし、古きよきアメリカの片田舎(舞台は1920年から1940年ごろ)の牧歌的な生活の描写が愉快で、ひとつひとつ短編をゆるゆると楽しめる。
もちろん本格ミステリとしてのおもしろさは折り紙つき。よくもまあこれだけのトリックを思いつくものだと感心してしまうほどだ。これだけ多くの優れた短編本格ミステリを書いた作家もそうそういないだろう。サム・ホーソーンが活躍する12編に加え、独立した短編がひとつ収録されている。
『ステップファザー・ステップ』宮部みゆき
人気作家・宮部みゆきによる連作短編集。
プロの泥棒である主人公が、ひょんなことから中学生の双子の兄弟に助けられ、両親に捨てられた彼らの父親がわりをする羽目になるユーモアミステリ。重厚な現代ミステリも多い宮部みゆきだが、本作はかなりライトでさらりと楽しめる作品だ。全部で7つの短編が収録されている。
主人公の稼業が泥棒で、一人称が「俺」と、ピカレスクなハードボイルドものっぽい設定でありながら、双子の兄弟に絆されて、格好をつけられない男の様子がおかしくも愛おしい。擬似家族を描かせたら右に出る者のいない宮部みゆきのうまさが光る。さまざまな事件に出くわしながら、少しずつ絆を深めていく3人の姿に心温まる連作集である。
『空飛ぶ馬』北村薫
北村薫のデビュー作で、「円紫さんと私シリーズ」の第1作。
女子大生の「私」が語り手、落語家の春桜亭円紫が探偵役を務める、いわゆる「日常の謎」を扱ったミステリの代表的な作品。 連作短編集で、5つの話が収録されている。
「日常の謎」なのでド派手な犯罪は出てこず、ミステリは好きだけど血なまぐさい話は苦手、という人にはまずおすすめしておきたいシリーズだ。話の流れはいつも緩やかで、キャラクターたちの会話はユーモアにあふれている。ときには人間の悪意が生みだす謎にも出くわすが、「私」の繊細な感性と、円紫師匠の優しい眼差しが胸にしみる小説である。
『たのしいムーミン一家』トーベ・ヤンソン
フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンによるファンタジー小説。
ムーミンについては今さら説明するまでもないだろうが、キャラクターは知っている、アニメは観たことがある、でも原作小説を読んだことはない、という人も多いに違いない。原作が小説であることも知らない、という人も珍しくないだろう。原作があると知って興味を持った方におすすめしたいのが『たのしいムーミン一家』である。
本作は日本で最初に翻訳刊行された「ムーミンシリーズ」なのだが、シリーズとしてはじつは3作目。第1目は『小さなトロールと大きな洪水』、第2作目は『ムーミン谷の彗星』である。しかし最初に読む作品としては本作がぴったりだろうと思う。おなじみのキャラクターたちがヤンソンの原作ではどのように描かれているか、存分に楽しんでいただきたい。
『なにかのご縁 ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る』野崎まど
野崎まどによる連作短編集。
男子大学生の主人公が、人の縁を切ったり結んだりできる縁結びの神様のような存在である「うさぎ」と出会い、さまざまな人々の「縁」と関わっていくことになるハートウォーミング・ストーリー。ダークでハードな作品も多い野崎まどだが、本作は作者のべつの顔が見えるストレートな人情ものといっていいだろう。
主人公と「うさぎ」のやりとりはユーモラスで楽しく、各話はどれも切なくて優しい物語。私は油断してちょっと涙腺が刺激されてしまった。この本の存在を知って少しでも気になったなら、それもきっとなにかのご縁。ぜひ手にとってみてほしい。
『パイド・パイパー 自由への越境』ネビル・シュート
『渚にて』などで有名なイギリスの作家、ネビル・シュートによるロードノベル。
舞台は1940年、第二次世界大戦下のヨーロッパ。休暇でフランスに来ていた主人公の老イギリス人は、戦局を鑑みて母国へ帰ろうと思い立つのだが、ひょんなことからフランスで出会ったふたりの子どもをいっしょに連れて帰ることになる。老人と子どもが戦時下のフランスをひたすらイギリスを目指して移動する旅の始まりである。
戦争の真っ只中の旅がそう簡単に進むはずもなく、また子どもたちがすぐに泣いたり、ぐずったり、体調を崩したり、言うことを聞かなかったりして、老イギリス人の苦労は絶えない。したがって、旅の行程はとても「ほのぼの」とはいえないのだが、子どもたちを辛抱強く守り抜こうとする老人の姿がイギリス人作家らしいユーモアにくるまれながら描かれており、じんと胸が温かくなる小説である。
まとめ
以上、8作品を紹介した。
なにかとストレスの多い現代社会、活字で物語の世界に浸ることが癒やしとなることもあるはず。そんな癒やしを求める方の参考になれば幸いである。