ライトノベルというと何巻も続くシリーズものが多いが、割合は少ないながらも1巻で完結している作品も出版されている。なにかライトノベルを読みたいけれど何冊も読むのはしんどい、という場合には、こうした作品たちの存在はとてもありがたい。
というわけで、今回は1巻で完結しているライトノベルのなかから、私がおもしろいと思う作品を紹介していこうと思う。
※一部サムネイルが当該作品ではなく関連作品になっていますが、リンク自体は正常です。
『All You Need Is Kill』桜坂洋
桜坂洋によるSF小説。
「ギタイ」と呼ばれる化け物と人類が戦争を繰り広げる近未来の地球が舞台。訓練校を出たばかりの初年兵キリヤ・ケイジは、初陣となった戦場であっけなく命を落とすが、気がつくと出撃前日の朝に時間が戻っており、以後それが繰り返される。戦争ものでありループもののSF。
ループを繰り返すことによって、ゲームで経験値があがっていくように戦闘能力が向上していくという趣向がおもしろい。トム・クルーズ主演でハリウッド映画化された、ライトノベルSF屈指の傑作である。
『給食争奪戦』アズミ
アズミによる連作短編集。
表題作『給食争奪戦』は第20回電撃小説大賞で電撃MAGAZINE賞を受賞した短編。ライトノベルには珍しい小学生を語り部とした作品で、ミステリ的な味わいのあるトラブルシューターものである。給食の「おかわり」をめぐる小学生たちのささやかな戦いを、きびきびとした文体できっちりと描いた佳品だ。
新人賞投稿作品ということもあって『給食争奪戦』はほぼ独立した話であり、次の『消しゴムバトル』以降、連作としての性格が強まっていく。最後の一編は正直連作の締めくくりとしてうまくいっていないと思うが、全体としては気持ちよく楽しめるエンタテイメントに仕上がっている。
『激突カンフーファイター』清水良英
清水良英によるギャグ小説。
第12回ファンタジア長編小説大賞で準入選作に選ばれた、ライトノベル界最強のギャグ小説、それが『激突カンフーファイター』である。この作品に賞をあげた第12回ファンタジア長編小説大賞の選考委員は本当にえらいし、こんなめちゃくちゃな小説が許されるライトノベルの懐の深さにも感謝したい。
読めばわかるが、この小説には徹頭徹尾ギャグしかない。よって、作者のセンスと折りあいが悪く、ギャグを楽しめない人にとっては0点の作品だろう。しかし私はそうではないので、100点をあげたいと思う。作者がこれ一作で消えてしまったのが本当に惜しくなる、ライトノベル史上に残る怪作である。
『失踪HOLIDAY』乙一
乙一による中短編集。
短編『しあわせは子猫のかたち』と中編『失踪HOLIDAY』が収録されている。前者は短編集『失はれる物語』にも収録されているが、表題作はほかでは読めない(角川つばさ文庫版はあるが)。
『しあわせは子猫のかたち』も悪くはないが、個人的には表題作のほうを推したい。女子中学生の主人公のユーモラスな語りと、とぼけたキャラクターたちの魅力、そして乙一のミステリ作家としてのセンスが光る誘拐ものの傑作である。
『下読み男子と投稿女子 〜優しい空が見た、内気な海の話。』野村美月
野村美月による青春小説。
ライトノベル新人賞の下読みのエキスパートで、超のつくお人好しの男子高校生と、ライトノベル作家志望で、その実力には疑問符だらけの女子高校生の交流を描いた作品。こういう題材の場合、メタな視点でライトノベルへの批評を盛りこむ方向に多少なりとも行きそうなものだが、超のつくお人好しを主人公にすることでそうした可能性を排除。かわりに、ライトノベルとワナビーたちへの愛をたっぷりと詰めこんで、爽やかな青春小説に仕上げている。
主人公がヒロインにライトノベルの書き方を優しく指導していくストーリーに、ヒロインと同じくライトノベル作家になりたい人は大いに勇気づけられることだろう。あとがきによると、作者は実際に新人賞の下読みをやっていたそうだ。その経験を語る様子からは、本当にお人好しなのは野村美月その人であったことがうかがい知れる。
『12月のベロニカ』貴子潤一郎
貴子潤一郎によるファンタジー小説。
第14回ファンタジア長編小説大賞の大賞受賞作である。近年はそうでもないが、当時なかなか大賞が出ないことで知られていた同賞の、じつに8年ぶりの大賞受賞作となった作品だ。
筆力じゅうぶんの王道ファンタジー小説だが、優等生的なだけでは惹かれない。と思いながら読み進めていくと、意外な仕掛けに驚くことになる作品である。ファンタジーだからこそ可能な罠を周到に張り巡らせ、ストーリーと見事に融和させてみせた作者の手腕に拍手。
『推定少女』桜庭一樹
桜庭一樹による青春小説。
桜庭一樹の1巻完結ライトノベルといえば、彼女の出世作となった『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を思い浮かべる人も多いと思うが、個人的にはその前夜に発表された『推定少女』のほうが好きだ。
家出をした中学生の少女の逃避行の物語。ライトノベルらしい超自然現象も少しは出てくるが、それはほんの味つけ程度。思春期の少女のひりつくような焦燥感が主題である。もともとファミ通文庫版で出ていた作品だが、角川文庫に収録されるにあたり、3つの結末に分岐するマルチエンディング方式が採用された。
『はじまりの骨の物語』五代ゆう
五代ゆうによるファンタジー小説。
第4回ファンタジア長編小説大賞の大賞受賞作で、北欧神話をベースにした本格ファンタジーである。育ての親にして恋人である魔術師に裏切られた女戦士ゲルダの愛と復讐を、たしかな筆力で見事に描き切っている。
作者の五代ゆうはライトノベル界どころか、日本小説界でも指折りのファンタジーの書き手。こうした作家を生み出しただけでも、ライトノベルを舐めてはいけないことがわかる。栗本薫の後継者として『グイン・サーガ』を書き継いでいるが、オリジナルの作品もどんどん書いてほしいものである。
『冬の巨人』古橋秀之
古橋秀之によるファンタジー小説。
永遠に続く冬の世界。その凍土のなかを1000年も歩きつづける巨人「ミール」。そして巨人の背中に造られた都市で暮らす人々。という設定だけでおいしい異世界ファンタジーである。
ストーリーとしては、ボーイミーツガールものであり、ファーストコンタクトものであり、作者の言うとおり「破滅と再生の寓話」でありといった要素をコンパクトにまとめて申し分なし。ただ、個人的にはストーリーよりも、巨人の背中で生活する人々の暮らしの描写が楽しい一作である。できれば、雪の降りしきる寒い日に読みたい物語。
『紫色のクオリア』うえお久光
うえお久光によるSF小説。
『毬井についてのエトセトラ』『1/1,000,000,000のキス』の2編にエピローグ『If』がついているという構成。『毬井についてにエトセトラ』は100ページほどの作品だが、これはほとんど前座といっていい内容で、個人的には読んでいてそれほど惹かれない。
が、本編というべき『1/1,000,000,000のキス』 は非常におもしろい。クオリア、量子論、コペンハーゲン解釈、多世界解釈、万物の理論、とSF的な要素を盛りこみながらも、疑似科学的な論理の積み重ねはかなぐり捨て、それゆえに物語はとんでもない超展開を見せる。SFファンからも高く評価された、ライトノベルSFの大きな収穫である。
『やみなべの陰謀』田中哲弥
田中哲弥による連作SF短編集。
ジャンルも文体も違う5つの独立した短編が、じつは巧妙に張り巡らされた伏線によってひとつの長編を形作る、という壮大な構想のもとに書かれた一作である。まあ結果的にジャンルはともかく、文体が違う、というにはちょっと無理のある仕上がりではあるが、細かいことを気にしてはいけない。
作者が当初に予定していたジャンルはハードボイルド、ラブロマンス、時代物、SF、ドタバタコメディで、これらを全部つなぎ合わせるにはタイムトラベルしかない、ということで全体としては時間SFとなっている。タイムトラベルものとしての整合性はだいぶ怪しいが、細かいことを気にしてはいけない。思いついてしまった当初のアイデアを作者がどう料理したか、ぜひゲラゲラ笑いながら堪能していただきたい。
『ロミオの災難』来楽零
来楽零によるラブコメ小説。
高校の演劇部に所属する5人の男女が、部室で「ロミオとジュリエット」の台本を見つけたことから不可思議な出来事に巻きこまれていく、という一見ホラー風味なようで、中身は真面目な恋愛コメディである。主人公の少年はいわゆるハーレム状態になるのだが、キャラクターたちの心理描写にはシビアな面もあり、男子の甘い妄想を煮詰めたような展開にならないところがいい。
作者は2005年に『哀しみキメラ』で第12回電撃大賞金賞を獲得してデビューした実力派だが、作品数はあまり多くない。電撃文庫が難しいのであれば、メディアワークス文庫で一旗揚げてほしいと思うのだが、どうだろうか。
まとめ
以上、12作品を紹介した。
ただでさえ消費のサイクルが早いライトノベル界において、続巻の出ない1巻完結作品はどうしても埋もれがちで絶版にもなりやすい。が、おもしろい作品も当然ながらたくさんあるので、多くの方に発掘がてら読んでもらいたいし、今後もそうした小説が出版されつづけてほしいと願うばかりである。