この記事では、「時間SF」「時間もの」と呼ばれる類いの小説を紹介していく。ひと口に時間SFや時間ものといっても、そのタイプはさまざまである。過去や未来へ行き来する、同じ時間を繰り返す、時間の流れる速度が人と異なる、時間が停止する、など数えあげればキリがない。
時間SFは理系の難解な描写などは少ない傾向にあるため、SFにあまりなじみのない人でも楽しみやすいSFといえるだろう。SF初心者やSFに苦手意識のある人にとっても、本記事が参考になればと思う。
※一部サムネイルが当該作品ではなく関連作品になっていますが、リンク自体は正常です。
『ある日、爆弾がおちてきて』古橋秀之
古橋秀之による時間SF短編集。
それぞれにタイプの違う時間SFが8つ収録されており、時間SFのバリエーションをこれ一冊でかなりカバーできる優れもの。もともと電撃文庫から発売されたライトノベルだが、表題作が『世にも奇妙な物語』で映像化されたり、『三時間目のまどか』がアンソロジー『不思議の扉、午後の教室』(大森望編 )に収録されたり、メディアワークス文庫から新装版が出たりと、ライトノベルになじみのない層にも届いている作品である。
『All You Need Is Kill』桜坂洋
桜坂洋によるループもの。
「ギタイ」と呼ばれる化け物と人類が戦争を繰り広げる近未来の地球が舞台。訓練校を出たばかりの初年兵キリヤ・ケイジは、初陣となった戦場であっけなく命を落とすが、気がつくと出撃前日の朝に時間が戻っており、以後それが繰り返される。ループを繰り返すことによって、ゲームで経験値があがっていくように戦闘能力が向上していくという趣向がおもしろい。トム・クルーズ主演でハリウッド映画化もされた、ライトノベルSF屈指の傑作である。
『サマー/タイム/トラベラー』新城カズマ
新城カズマによるタイムトラベルもの。
3秒だけ未来に跳躍する能力に目覚めた高校生の少女と、彼女の能力について研究しようとする同級生たちの、最後の夏を描いた青春SFである。高校生にしては賢すぎる少年の語りは若干鼻持ちにならない感じもあるが、そこも含めての青春、そしてだからこその切なさと苦味、ということで許容するのが吉。作中に過去の時間SF作品のタイトルがずらりと出てくるので、そこも時間SF好きとしては楽しい。
『スローターハウス5』カート・ヴォネガット・ジュニア
カート・ヴォネガット・ジュニアによる時間SF。
自分の人生の過去と未来をふいにランダムに往来する時間旅行者となったビリー・ピリグリムの生涯を描く時間SF小説であり、作者の戦争体験が色濃く反映された自伝的小説でもある。過去と未来を行ったり来たりするといってもビリーは歴史にはなんの干渉もできないので、単に彼の一生のさまざまな瞬間をとびとびに書いているだけに見えるかもしれないが、時間SFだからこそ描ける哲学がこの小説にはたしかにある。SF作家カート・ヴォネガット・ジュニアの大傑作だ。
『タイムマシン』H・G・ウェルズ
H・G・ウェルズによるタイムトラベルもの。
「タイムマシン」が登場する世界最初の小説、というわけではないが、多くの人にその機械の存在を知らしめたのは間違いなく本作だろう。発表されたのは1895年だが、ウェルズが幻視した未来社会の恐ろしさは現代でも十分通用する。タイムトラベルものの基本として、まずはおさえておきたい名作である。
『タイム・リープ あしたはきのう』高畑京一郎
高畑京一郎によるタイムトラベルもの。
突然、時間移動現象を起こすようになってしまった女子高校生の主人公が、頭脳明晰な同級生の少年の協力を得て、その現象の解決に挑む物語。作中で「タイム・リープ」と名づけられる現象の分析と解決法をロジカルに導き出す過程が魅力で、ミステリ的なプロットが好きな人にはとくにおすすめしたい傑作時間SFだ。人物描写があっさりめなのが少しもったいない気もするが、複雑な構成をわかりやすく消化するためには、これくらいのほうがいいのかもしれない。
『時をかける少女』筒井康隆
筒井康隆によるタイムトラベルもの。
おそらく日本でもっとも有名な時間SF小説だろう。1967年に刊行されて以来、幾度となく映像化され、多くの読者を獲得してきた名作である。もともと少年少女向けにSFをわかりやすく書こうと意図されたジュブナイル小説のため、ひねりの少ないストレートな作品となっている。なるべく早いうちに読んでおきたい一冊だ。
『夏への扉』ロバート・A・ハインライン
ロバート・A・ハインラインによるタイムトラベルもの。
海外産のタイムトラベルものとして、真っ先に名前があがるであろう作品のひとつだ。それどころか、SF小説のオールタイムベスト作品に選ぶ人も少なくない名作である。人生どん底に追い詰められた主人公が、冷凍睡眠と時間旅行を駆使して危機を乗り越えようと奮闘するストーリー。マイナスから這い上がる主人公、後半の怒濤の伏線回収、明るく前向きなメッセージ。どこを切っても一級のエンタテイメント小説である。
『七回死んだ男』西澤保彦
西澤保彦によるループもの。
ときどき同じ日を9回繰り返す時間の落とし穴に入りこんでしまう体質の少年が主人公の物語。この設定だけ見ればSFだが、ストーリーの骨格はミステリで、遺産争いのために殺されてしまう祖父を救うため、主人公はループする時間のなかで右往左往することになる。祖父が死ぬ運命を回避できるか、という問題を主眼に話は進むが、最後にはべつの角度から意外ない真相が明らかになる。変わり種のミステリが読みたい方におすすめの作品だ。
『マイナス・ゼロ』広瀬正
広瀬正によるタイムトラベルもの。
日本のタイムトラベル小説の金字塔というべき名作である。時間旅行を軸としながら、戦前、戦中、戦後と昭和の人々の暮らしを丁寧に描き出す文章がすばらしい。とくに昭和初期の銀座の描写は見事。SFとしては、タイムパラドックスの問題を扱った終盤の怒濤の展開が楽しいところ。最初の単行本が出たのは1970年で、作者はその2年後に47歳で急逝。本作を読むと、もっと長く生きていればどんな傑作を残してくれたのかと考えざるをえない。
まとめ
以上、10作品を紹介した。
あたりまえだが「時間」というものはだれにとっても身近なものなので、それをテーマにしたSFはSFへの興味の薄い人にとっても関心を引きやすいものだろうと思う。この記事で紹介した時間SFが、だれかにとってSFというジャンルへの入り口になれば幸いである。