この記事では小説家・乙一のおすすめ作品を紹介している。これまでに出版された乙一の小説をすべて読んだうえで、私のベスト5を選定した。
乙一作品を読むときの参考にしていただければ幸いである。
乙一の作品リスト
まずは、今回のランキングの対象となる作品の一覧である。 小説以外の作品や共著、別名義による作品などは対象外としている。
- 夏と花火と私の死体(1996年、JUMP j-BOOKS→2000年、集英社文庫)
- 天帝妖狐(1998年、 JUMP j-BOOKS →2001年、集英社文庫)
- 石ノ目(2000年、集英社)
→平面いぬ。(2001年、集英社文庫、改題) - 失踪HOLIDAY(2001年、角川スニーカー文庫)
→しあわせは子猫のかたち(2011年、角川つばさ文庫、改題) - きみにしか聞こえない ーCALLING YOUー(2001年、角川スニーカー文庫→2009年、角川つばさ文庫)
- 暗黒童話(2001年、集英社→2004年、集英社文庫)
- 死にぞこないの青(2001年、幻冬舎文庫)
- 暗いところで待ち合わせ(2002年、幻冬舎文庫)
- GOTH リストカット事件(2002年、角川書店→2005年、角川文庫、「GOTH 夜の章」「GOTH 僕の章」に分冊)
- さみしさの周波数(2002年、角川スニーカー文庫)
- ZOO(2003年、集英社→2006年、集英社文庫、「ZOO 1」「ZOO 2」に分冊)
- 失はれる物語(2003年、角川書店→2006年、角川文庫)
- 銃とチョコレート(2006年、講談社→2013年、講談社ノベルス→2016年、講談社文庫)
- The Book jojo's bizarre adventure 4th another day(2007年、集英社→2011年、JUMP j-BOOKS→2012年、集英社文庫)
- GOTH モリノヨル(2008年、角川書店)
→ GOTH 番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻(2013年、角川文庫、改題) - 箱庭図書館(2011年、集英社→2013年、集英社文庫)
- Arknoah 1 僕のつくった怪物(2013年、集英社→2015年、集英社文庫)
- Arknoah 2 ドラゴンファイア(2015年、集英社→2018年、集英社文庫)
- 花とアリス殺人事件(2015年、小学館文庫)
- 小説 シライサン(2019年、角川文庫)
それでは、以下からベスト5の発表である。
第5位『死にぞこないの青』
第5位は『死にぞこないの青』である。
正直、本作は乙一作品のなかでは地味なほうだと思う。おすすめとして挙げる人もあまり多くないかもしれない。しかし私はこの小説が妙に好きなのである。
小学5年生の主人公マサオが、新しく赴任してきた担任の先生にいじめられ、クラスで孤立していく、という話なのだが、この小説の魅力はストーリーの部分よりも、小学生の生活についてのきめ細やかな描写にある。「たしかに小学生のときってこうだった!」とハッとするポイントが目白押しなのだ。
とくに私が感心したのは、「田舎」という言葉に対する感覚についての描写だ。本筋とはぜんぜん関係のないシーンだが、なんだかやけに印象に残っている。子ども時代の感覚を大人になっても忘れず、さらにそれを的確な文章で表現してみせる作者の実力にうならされる一作である。
第4位『銃とチョコレート』
第4位は『銃とチョコレート』である。
乙一は長編より短編に向いている作家だというのが私見だが、本作は乙一の長編のなかではベストだと思う。
ヨーロッパのどこかの国を舞台に、探偵や怪盗といったミステリ好きにはうれしいキャラクターたちを散りばめながら、主人公の少年リンツのちょっとほろ苦い冒険を描いた作品である。もともと子ども向けに書かれた小説で、海外の児童文学のような味わいのある傑作ミステリに仕上がっている。
登場人物の名前や地名にさまざまなチョコレートのブランド名が使われているので、チョコレート好きの方はニヤリとしながら読めることだろう。
第3位『夏と花火と私の死体』
第3位は『夏と花火と私の死体』である。
第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞した乙一のデビュー作。作者は執筆当時16歳、刊行当時17歳で、衝撃のデビューと話題になった。
物語は小学3年生の「わたし」こと五月の一人称で語られる。話が始まって早々、「わたし」は友達である弥生の手によって殺されるのだが、死んでしまったのにもかかわらず、ストーリーは相変わらず「わたし」の一人称によって進められていく。
「わたし」が死んだあと、弥生とその兄である健は、「わたし」の死体を大人たちにバレないように隠そうと奮闘する。その様子が、他ならぬ「わたし」自身の視点で描写されていく、というのがなんとも奇妙であり、また魅力的な作品である。
ホラーとしての仕掛けもしっかり施されており、デビュー作ということもあって、乙一入門にぴったりの作品といえる。併録されている短編『優子』もホラーの佳品だ。
第2位『GOTH リストカット事件』
第2位は『GOTH リストカット事件』である。
単行本版は『GOTH リストカット事件』というタイトルで出版され、文庫版は『GOTH 夜の章』『GOTH 僕の章』と2冊に分けて刊行された。第3回本格ミステリ大賞を受賞した乙一の出世作である。
全部で6つの作品が収められた連作短編集で、主人公の男子高校生「僕」とヒロインである森野夜がさまざまな猟奇的事件に関わっていく、というのがその内容だ。ジャンルは間違いなくミステリだが、これでもかとばかり変化球的な作品を放り投げてくるところに乙一の特異な才能の一端がうかがえる。
私のお気に入りは『犬 Dog』と『声 Voice』の2編。あまり書くとネタバレになってしまうので、どう好きなのかは語りにくい。未読の方はネットであれこれ調べているうちにネタバレを食らってしまう可能性もあるので、そうなる前にぜひ一度読んでいただければと思う。
第1位『ZOO』
第1位は『ZOO』である。
単行本版では1冊だったが、文庫版は『ZOO 1』『ZOO 2』と2冊に分かれている。全部で10作の短編と、文庫版の『ZOO 2』のほうには単行本版にはなかったショートショートが1編、ボーナストラックとして収録されている。
本作は短編の名手・乙一の魅力を網羅した見本市のような作品集といえる。ミステリ、ホラー、SFとジャンルはバラバラ。笑える話、切ない話、怖い話と読後感もさまざまである。 読めばきっとお気に入りの作品が見つかるはずだ。
読者の人気がいちばん高いのはおそらく『SEVEN ROOMS』で、もちろん私もホラーの傑作だと思うが、個人的には『カザリとヨーコ』と表題作の『ZOO』を推したい。どちらの主人公ものっぴきならないシリアスな状況に置かれているにもかかわらず、乙一独特のとぼけたユーモアがそこに混ざることでなんとも言えない奇妙な短編になっている。単行本版の帯に書かれていた、書評家北上次郎氏のキャッチコピーである「何なんだこれは。」という感覚をぜひ味わってみてほしい。
そしてもうひとつ、文庫版のボーナストラックであるショートショート『むかし夕日の公園で』を忘れてはならない。私はこれを初めて読んだとき、本当にあっけにとられてしまった。こんな話を思いつくのは乙一だけではないかと思う。わずか数ページの小品ながら鮮烈な一作である。
まとめ
以上が、私の選ぶ乙一作品のベスト5である。
乙一といえば、切ない作品は「白乙一」、怖い作品は「黒乙一」などと語られることもあるが、そんな二元論のような分類はくだらないと思っている。少なくとも私はそのような分け方で乙一作品をとらえることはない。
私にとって乙一の小説世界の最大の特徴は、「切ない」「怖い」といった表面的な部分ではなく、本質的な「優しさ」を感じる点だ。どんなものを書いても、人間に対する優しさが滲みだしてしまう。それか白だとか黒だとかに関係なく貫かれている乙一の作家性だと考えている。
ちなみに、上記以外の小説でベスト5に入れるかどうか迷ったのは、『失はれる物語』と『失踪HOLIDAY』である。これらもまたどの小説を読むか考えるときの候補にしてもらえればと思う。