西部劇といえばアメリカの西部開拓時代を舞台にした映画である。二十世紀前半にはハリウッドにおいて一大ジャンルとして栄えた。いまではあまりメジャーではなくなってしまったが、ときどきは新作が作られている。荒野で馬を駆り、銃で撃ちあうアウトローたちはいつの時代でもかっこいいものである。
そんな西部劇の世界を楽しめる作品が、小説界にもある。それを「西部劇小説」と呼ぶべきかどうか少し悩ましいので(「西部劇」という言葉は映画にしか使われないイメージのため)、この記事では「ウエスタン小説」として紹介していこうと思う。
※一部サムネイルが当該作品ではなく関連作品のものになっていますが、リンク自体は正常です。
『アパルーサの決闘』ロバート・B・パーカー
ハードボイルドの巨匠、ロバート・B・パーカーによるウエスタン小説。
主人公は流れ者の保安官ヴァージル・コールと、その助手で語り部のエヴェレット・ヒッチ。ふたりがアパルーサという町の保安官として雇われ、町の治安を乱す悪党たちと戦いを繰り広げる。
武装勢力とそれに苦しめられる庶民、そして庶民に加担する武器を持った主人公、と非常に典型的な構図の物語で、きわめて正統的な西部劇の世界が楽しめる作品だ。パーカーのきびきびとした無駄の文体はとても読みやすいので、海外小説に慣れていない人でも安心して読めると思う。
『レゾリューションの対決』『ブリムストーンの激突』という続編もあるので、本作がおもしろかったという方はそちらもどうぞ。
『アリゾナ無宿』逢坂剛
ドラマ化された「百舌」シリーズでも有名な逢坂剛によるウエスタン小説。
逢坂剛は日本人作家きっての西部劇の愛好家として知られている(少なくとも一部では)。そんな作者が自身の西部劇への愛を注ぎこんだ結晶が『アリゾナ無宿』である。
幼いころに元南軍のゲリラに両親を殺され、インディアンに育てられたという経歴を持つ少女マニータが語り部を務める。マニータは賞金稼ぎを生業とするトム・B・ストーンと、刀を携えた謎の男サグワロと出会い、とある事件をきっかけに彼らと3人組の賞金稼ぎチームを組むこととなる。
太陽の照りつけるアリゾナを舞台に、砂塵舞う荒野を移動してお尋ね者を追う、という西部劇の楽しさを存分に横溢させながら、女性主人公に加えて、刀を持ったキャラクター(ようするに日本の侍である)を登場させるなど、王道の西部劇から逸脱したおもしろみも備えた一作といえる。
続編として『逆襲の地平線』があるほか、前日譚として『果てしなき追跡』、さらに『果てしなき追跡』の続編『最果ての決闘者』がある。
『駅馬車 <西部小説ベスト8>』アーネスト・ヘイコックス他
ウエスタン小説を8編収録したアンソロジー。
表題作に選ばれている『駅馬車』は言うまでもなく、ジョン・フォード監督の同名映画の原作小説である。わずか25ページほどの短編であり、映画とは異なる点も多いが、映画史に残る大傑作西部劇についてより深く知りたければ、やはり読むべき一作だ。
そのほかの7編についても、編者の三田村裕によれば、いずれもウエスタン小説の大家といえる作家たちによるもの。個人的には、どちらもO・ヘンリのようにユーモラスな味わいのある『ビリイ・ザ・キッドの幽霊』と『無法者志願』が気に入っている。
45年以上も前に出版された古い本で、現在は当然のように絶版。古本で手に入れるしかない。
『大久保町の決闘』田中哲弥
SF作家・田中哲弥のデビュー長編である異色のウエスタン小説。
ウエスタン小説としてはかなりの変わり種なので、人によっては「こんなものをウエスタンとは認めない!」と思うかもしれない。なにしろ本作の舞台は現代日本の兵庫県明石市大久保町なのだから。
夏休みに母の実家のある大久保町にやってきた高校生の主人公。父から「大久保町はガンマンの町だ」と聞かされていたものの、もちろん真に受けることもないまま町に到着してみたら、本当にガンマンの町だった、というギャグのような状況から物語は始まる。
設定はぶっ飛んでいるが、文体は筒井康隆を思わせるようなリズムがあり、はちゃめちゃな世界に読者をぐいぐいと引きこむ強さがある。ストーリーも意外と(?)とちゃんと西部劇として成り立っていると思う。作者の言うところの「ノンストップギャグコメディロマンスウエスタン」をぜひお楽しみいただきたい。
大久保町シリーズは三部作となっており、続編に『大久保町は燃えているか』『さらば愛しき大久保町』がある。
『オンブレ』エルモア・レナード
多くの犯罪小説の傑作を遺したアメリカ人作家、エルモア・レナードによるウエスタン小説。表題作『オンブレ』と短編『三時十分発ユマ行き』が収録されている。
クライム・ノベルの書き手として知られるレナードの原点は西部劇にある。実際キャリアの初期の作品はウエスタン小説ばかりで、『オンブレ』『三時十分発ユマ行き』 もそのなかに含まれる。
表題作『オンブレ』は、同じ駅馬車に乗り合わせた語り部の「私」や「オンブレ」の異名を持つラッセルなど7人の男女が、灼熱の荒野で駅馬車強盗たちと戦いを繰り広げるストーリー。息の詰まる死闘のなか、寡黙で冷徹で非情なラッセルの言動がしびれるほどかっこいい。ラストの対決のじりじりした緊張感はまさに手に汗握るものだった。
本作を翻訳したのはあの村上春樹。訳者に惹かれて購入するのもまた一手だろう。
『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット
アメリカ人作家、パトリック・デウィットによるウエスタン小説。イギリスの権威ある文学賞ブッカー賞の候補になり、日本でも各種のベストテン企画で上位に食いこんだ快作である。
兄のチャーリーと弟のイーライ、シスターズという姓を持つ殺し屋兄弟が主人公である。彼らが仕事の依頼を受け、オレゴンからカリフォルニアまで旅をする過程を描くロード・ノベルとしてまずは楽しい一作だ。
しかし、なんといっても本書のみどころはシスターズ兄弟のキャラクターだろう。賢くて狡猾な兄と、普段は温厚だが怒ると見境のなくなる弟。悪党ではあるが、人間くさくてどこか憎めないふたりが非常に魅力的に描かれている。また、彼らが道中で出会う脇役たちも笑ってしまうほど奇妙でおかしな人間ばかりで楽しめる。
ブラックな笑いに包まれながら進む兄弟の物語は、しかし徐々にどこか哀切で叙情的な味わいを帯びていく。彼らの到達する結末に深い余韻の残る傑作ウエスタンである。
『友よ、また逢おう』片岡義男
さまざまなジャンルで多彩な才能を発揮した片岡義男によるウエスタン小説で、著者の長編デビュー作でもある。
西部開拓時代においてもっとも有名なアウトローのひとりであるビリー・ザ・キッドを片岡義男流に描いたウエスタン小説。16歳で初めて人を殺し、住み慣れた町を出て、大自然の荒野を旅するビリーの青春を描いた作品である。
会話の部分はとても少なく、文章のほとんど行動と情景の描写に割いているのだが、この描写がこれでもかとばかり非常に緻密になされているのが本作の特徴である。そうした具体的な描写によって、ビリーが過ごした青春とその時代の背景がリアルに浮かびあがってくる。
著者が言うように、ビリーの生涯については史実に忠実というわけではないようだが、ハードボイルドな文体でビリーの青春を追いながら、西部開拓時代の空気を存分に味わうのにもってこいの一冊である。
まとめ
以上、7つの作品を紹介した。
西部劇が好きで、ときには小説でもあの世界を味わいたい、という方の参考になれば幸いである。