史上最高の小説とはなにか、という問いに答えが出ることは永遠にないが、それでもさまざまな媒体がたびたびそのような調査をおこなっている。
この記事では、「史上最高の小説ベスト100」と銘打たれた3つのランキングをチェックし、そのすべてにランクインした作品を探して、「史上最高の小説ベスト10」といえそうなランキングを作成したいと思う。
参照する3つのランキング
まずは、今回参照する3つのランキングを紹介する。
2002年、ノルウェー・ブック・クラブが発表した、世界54ヶ国の著名な作家100人の投票によって決められたランキング。順位は公表されていないが、1位が『ドン・キホーテ』であることだけはわかっている。
エンターテインメント・ウイークリー選:歴史上最高の小説ベスト100
2013年、アメリカの有名な情報誌「エンターテインメント・ウィークリー」のスタッフたちが選定したランキング。
英BBC放送の視聴者選:史上最高の小説/フィクションべスト100
2003年、イギリスのBBC放送が視聴者投票によって選定したランキング。ちなみに、このランキングはベスト200まで作られている。
当然ながらどのブックリストにもそれぞれに偏りはあるが、3つのランキングすべてに選ばれている小説は、普遍的な評価を得ているものだといえるのではないだろうか。
ランキングの作り方
ランキングの作り方はいたってシンプル。
まず、3つのベスト100のランキングすべてにランクインしている小説をピックアップする。そして、順位が公表されている「エンターテインメント・ウィークリー誌」と「BBC放送」のランキングの順位の数字を足して、より少ない数字になる作品を上位とする。これだけである。
それでは、以下、10位から順にランキングを発表していく。
第10位『白鯨』ハーマン・メルヴィル
第10位は、アメリカのハーマン・メルヴィルが1851年に発表した『白鯨』である。
いきなりで恐縮だが、こちらはBBC放送のベスト100には入っていない。ベスト200のほうに登場しており、161位にランクインしている。ようするに、ノルウェー・ブック・クラブによるリストに入っており、なおかつあとのふたつのベスト100にランクインしている小説が10作に満たなかったのである。海洋小説であり、冒険小説であり、なにより鯨大辞典といった様相を呈している大作である。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→18位
- イギリスBBC放送→161位
第9位『真夜中の子供たち』サルマン・ラシュディ
第9位は、イギリスのサルマン・ラシュディが1981年に発表した『真夜中の子供たち』である。
BBC放送のランキングでぎりぎり100位に滑りこんだことで、当ランキングにもランクイン。1947年8月15日、イギリスの植民地支配からインドが独立するその日、午前0時から1時までに生まれた1001人の子どもたちはそれぞれに特殊な能力を持って生まれる。そのなかのひとり、サリーム・シナイを主人公としたマジック・リアリズム小説。
イギリスの著名な文学賞ブッカー賞を受賞し、さらにブッカー賞の25周年と40周年の際、2度にわたってブッカー賞のなかのブッカー賞と称された作品。日本ではマイナーな小説だが、2020年5月に岩波書店から復刊される予定である。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→58位
- イギリスBBC放送→100位
第8位『ミドルマーチ』ジョージ・エリオット
第8位は、イギリスのジョージ・エリオットが1871年から72年にかけて発表した『ミドルマーチ』である。
この記事で参照している3つのランキングに選ばれているだけでなく、2015年12月にBBC放送が発表した、世界の専門家の投票による「イギリス小説ベスト100」で第1位に選ばれた作品。上記のBBC放送のランキングでも27位と上位に入っており、イギリス人から高い支持を受けていることがわかる。イギリスの地方都市ミドルマーチを舞台に、人間の心理を微細に描いた大作である。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→68位
- イギリスBBC放送→27位
第7位『罪と罰』フョードル・ドストエフスキー
第7位は、ロシアのフョードル・ドストエフスキーが1866年に発表した『罪と罰』である。
殺人の罪を犯してしまったラスコーリニコフの懊悩を描いた説明不要の名作。BBC放送のランキングはどうしてもイギリスの小説が強く、英語圏以外の作品が苦戦している傾向にあるが、ドストエフスキーから本作が唯一ランクイン。同じドストエフスキーの代表作『カラマーゾフの兄弟』は200位以内にすら入っておらず、個人的に少なからずショックを受けた。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→14位
- イギリスBBC放送→60位
第6位『アンナ・カレーニナ』レフ・トルストイ
第6位は、ロシアのレフ・トルストイが1873年から77年にかけて発表した『アンナ・カレーニナ』である。
ロシアの上流社会を舞台に、美貌の人妻アンナ・カレーニナの愛と破滅を描いた不朽の名作。エンターテインメント・ウィークリー誌のランキングでは見事第1位に輝いたが、BBC放送のランキングでは55位にとどまり、当ランキングでは6位となった。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→1位
- イギリスBBC放送→55位
第5位『戦争と平和』レフ・トルストイ
第5位は、ロシアのレフ・トルストイが1864年から69年にかけて発表した『戦争と平和』である。
トルストイの代表作が連続でランクイン。当ランキングに2作を送りこんだのはトルストイのみである。19世紀前半、ナポレオンによる侵入を受ける帝政ロシアという時代を背景に、ロシアの貴族の若者たちの人生を描いた大作。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→28位
- イギリスBBC放送→20位
第4位『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス
第4位は、コロンビアのガブリエル・ガルシア=マルケスが1967年に発表した『百年の孤独』である。
ラテンアメリカ文学の代表的作家による代表作。世界中でベストセラーとなり、ノーベル文学賞受賞の呼び水となった作品でもある。ブエンディア一族の興亡の100年を描いたマジック・リアリズム小説。当ランキングにおいては、欧米圏以外の作家による唯一の作品となった。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→5位
- イギリスBBC放送→32位
第3位『嵐が丘』エミリー・ブロンテ
第3位は、イギリスのエミリー・ブロンテが1847年に発表した『嵐が丘』である。
イングランドのヨークシャーを舞台に、過激な登場人物たちの苛烈な愛憎を描いた悲劇的な恋愛小説。BBC放送のランキングの上位10作のうち、当ランキングに入ったのは1位の作品のみ。『嵐が丘』は12位で、当ランキングのなかでは、2番目にイギリスの大衆に受けている小説といえる。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→22位
- イギリスBBC放送→12位
第2位『大いなる遺産』チャールズ・ディケンズ
第2位は、イギリスのチャールズ・ディケンズが1860年から61年にかけて発表した『大いなる遺産』である。
イギリスの文豪ディケンズの晩年の代表作が2位にランクイン。個性的なキャラクターたちが生き生きと描かれ、ユーモアあり、サスペンスありでぐいぐいと読ませる、さすがディケンズと言いたくなる傑作である。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→4位
- イギリスBBC放送→17位
第1位『高慢と偏見(自負と偏見)』
第1位は、イギリスのジェーン・オースティンが1813年に発表した『高慢と偏見(自負と偏見)』である。
200年以上も前に書かれた作品だが、現代にも通じる普遍的な魅力に満ちた恋愛小説。ハーレクインロマンスや少女漫画の原型はここにあるといっても過言ではない。エンターテインメント・ウィークリー誌のランキングでは3位、BBC放送のランキングでは2位にランクインし、他の追随を許さない戴冠となった。
- エンターテインメント・ウィークリー誌→3位
- イギリスBBC放送→2位
まとめ
以上が、ノルウェー・ブック・クラブ、米エンターテインメント・ウィークリー誌、英BBC放送視聴者によるそれぞれの「史上最高の小説ベスト100」ランキングを統合して選んだ「史上最高の小説ベスト10」である。
ノルウェー・ブック・クラブのランキングで1位とされる『ドン・キホーテ』は、ほかのふたつではまったくの圏外。BBC放送のランキングの1位『指輪物語』も、ほかのふたつでは圏外。と、それぞれのランキングの性格の違いは大きく、それゆえに3つすべてにランクインした小説は非常に少なかった。
この難関を見事クリアした10作(厳密には9作だったのだが)を、今後の読書の参考にするのはいかがでしょうか。